以前より718日は海の日であることは認識していたが、811日が山の日でましてや祝日とは知らなかった。それでなくても日本は祝日が多すぎると思っているのに、小生の知らぬ間に新設されるとはの気持であったが、せっかくだから山に行くことにしようと思いだった。13日からはお盆であるので混み合うのから11日を挟んで10日出発で23日の一人旅を決行した。

 

 

 郡上八幡の旧役場 現在は記念館になっている

 

   10日午後郡上八幡へ到着、ここを選んだのは小生の学生時代TVで渥美清とみやこ蝶々が郡上八幡を舞台にしたドラマをやっていた。この二人の語り口は独特で毎週楽しみにしていたが、この郡上八幡はどんなところだろうとずっと思い続けてきていたが、50年目にして始めてここへ来ることができた。TVでの風景はほとんど覚えていないが、この時期郡上八幡は家々の軒先には提灯がぶら下がり、店も浴衣や下駄を並べて盆踊り一色になっていた。このあこがれていた郡上八幡を目の当たりに見て大いに興奮したのものだ。

 

   ここの盆踊りは日本3代踊りだけあって、7月初めから93日までほぼ毎日、市内各地で踊りが開催される。 

   10日夜は中日新聞社主催で新栄町の道路上で行われた。中央に低いやぐらを据えて東西に長細い輪が乱舞する。初めは1重の輪もいつの間にか3重にもなり、45歳の稚児から高齢者が男女問わず踊り続ける。

 

  曲目も「かわさき」「春駒」など全部で10曲あり、1曲あたり15分間踊り、歌は決して途切れることないので、踊り手も休む間がないのに夜8時から10時半まで踊るのである。

  郡上八幡の夜は活気にあふれた盆踊りだった

 

  輪の中に入って踊りたいと思ったものの、昼間の疲れが出たのと、貴重品の入ったバッグが重く参加できなかった。

 

  11日午前はは昨日の喧騒はどこへやら、観光客もほとんど外国人でうろうろ歩き回っている。小生は昨日見残した郡上八幡城へ行った。

 

   このお城の天守閣は45階建てで木造の再建城としては日本最古、小高いところに位置しており、360度の展望はなかなか良い。

 

  市内の93%は山林であり、その残りのわずかな長細い平地に市街地があるのが、手に取るようによくわかる。

 

  名残惜しい郡上八幡を後にしてバスにて次の訪問地高山市へ3時ころ入る。

 

  まず目についたのはおびただしいほどの外人観光客である。古い町並み(伝統的構造物群保存地区)は2階建ての黒い屋敷が軒を並べ古を偲ばせる。旧家ばかりでなく郵便局やセブンイレブンといったコンビニまでこの街に合うように黒い壁に追われ落ち着いた雰囲気を醸し出している。この日は天照寺のユースホテルに泊まる。

 

 

   高山市内の昼下がりは大変混雑していた

 

 

  半日バスツアーで白川郷に到着

 

  

   12日は朝から白川郷バスツアーの乗り込み小1時間で目的地に到着、バスの乗客は総勢26名であったが、フランス、スペイン、イタリア、オランダ、中国の人たちがほとんどで日本人は3人だけ、国際色豊かなツアーとなり添乗員の説明は英語と日本語を駆使していた。

 

 

イタリアの家族とフランス女性とお茶で乾杯

 

 

   世界遺産の白川郷はさすがにすばらしく暑い日差しにも関わらず、民家に入ると少しは涼しく感じる。ここで休んでいると周囲の人たちも同じバスに乗り合わせた人たちで、2人のフランス女性のほかイタリアの親子や知人などとすぐに意気投合し、楽しいひと時を過ごすことができた。

 

 

   白川郷にある土産店 いろんな種類の土産がある

 

  

9時半ごろバスで大阪に帰ってきたが、日本人ばかりの大阪で思わず、日本へ帰ってきたと勘違いするほどであった。

    この3日間は50年来の思いを成し遂げれたこと、外人観光客と話ができたことに新たな思いで作りができたことは大きな成果でった。                                         by G.Y.